屋久島ロケ日記

そのご

さあておなかもいっぱいになった我々おとぼけロケ隊、これからどうしようかね、
って話になった。ひとりだったら、お天気も良くないことだし、どうせナンにも
録れないだろうから、宿に戻ってビールでも飲んで寝るか、ってことになるのだが、
これが複数の不思議さ。みんな心では同じことを考えているはずなのに、誰もそれを
口にしない。まだロケも始まったばかりということや、日数に限りがあるということも
あって、じゃあ、ロケハンでもするか、ということになった。

屋久島といえば、森である。森の美しさというと、白谷雲水峡がピカイチに美しい。
白谷林道を車で30分ほど登ると登山口に着く。ここに車を停めて歩くのだが、
ロケハンだけどどうしよう、まあ念のために機材も持っていくか、ということになり、
フル装備の機材を担いで登山口へと向う。そうするとポツリポツリと雨が降り始めた。
まあ、これくらいなんてことないだろうと、にわかアウトドア派的重装備の我々は、
雨具をまとい登山道を歩き始める。
もう最初の10分で、僕は吐き気がしてきた。息はぜえぜえ、汗はだらだら。
「お、お、、お〜い、ちょっと休もう。」
「まだ登り始めたばかりじゃない。あんた自然音録音何年やってんの?」
何年やっていようと辛いものは辛いのだ。特に最初の10分くらいが一番辛い。
普段は裏通りにあるような、飲み屋の急な階段を上がっただけで、はあはあいって
しまうくらいの体力しかないのだ。
でも、この最初の10分を過ぎると、少しづつ身体が山登りを思い出してくる。
ともかく先のことは考えないで、足下だけを見て1歩1歩前に進む。
辛くなったらすぐ休む。基本はこの2点だけだ。
それにしても、カメラ用の大型バックパックに詰めた録音機材が肩にくいこむ。
でも、撮影隊に比べればましな方である。彼らは一昔前のプロ用ビデオカメラくらいの
サイズと重さのハイビジョンカメラに、バッテリーパック6本、モニター、超大型
三脚、などなど、、、とても山登りするような機材の量ではない。
鹿児島空港で彼らの荷物を見て笑ってしまったことが、今笑い事では無くなってきた。
さて、その登山道。一応地図には「歩道」と書いてあるがだまされてはいけない。
コンクリートの平たい「歩道」を想像していたらエライ目にあう。実際あった。
手ぶらで登ってもかなり辛いところを剛力のように機材を担いで登るのだ。
ダイエットになっていいわ、なんて気楽なことを言っていたのがうらめしい。
そんなわけで、ゆっくり休み休み登っていく。3時間ほど登ると白谷小屋があり、
そこでひと休み。それからさらに1時間ほど行くと、『もののけ姫の森』と呼ばれる
森がある。

この『もののけ姫の森』、お察しの通り宮崎駿監督の作品『もののけ姫』のモデルに
なったことから最近そう名付けられたらしいが、やはり地元の自然愛好家の間では
不評をかっているネーミングらしい。ある人などは、観光客に
「『もののけ姫の森はどこですか?』と聞かれたら、そんな森はありません、と答え
ます。」
と言うくらい不評らしい。
そのへんの心理は判らないでもない。今まで自分が愛していたものが、勝手に違う
名前で呼ばれるようになるのは、かなり抵抗があるに違いない。
だが、僕は映画『もののけ姫』は好きだったので、まあそんな名前もアリかな、くらいに
しか思わない。むしろ『ヤクスギランド』の方が、名前としては、おいおい、と思う。
それにしても、気楽なロケハンのつもりが、いつのまにやら本チャンの登山撮影と
なってきた。しかも雨。しかし、後になってこの日頑張ったことが効いてくるのだ。
雨の森の美しさは言葉では言い表わせないほどだ。ため息がでてしまう。
人間が入らないまま何千年も森が育っていくとこうなる、という見本みたいなものだ。
どこを撮っても絵になる。そしてだんだんその美しさに慣れてきてしまうほど、
どこを見てもたまらないほど美しい。

そのよん

今日は朝4時集合で朝日を撮るために、島の東側に向けて車を走らせた。
当然あたりはまだ真っ暗。昨夜の焼酎がまだ体内にしっかりと残っている我々
二日酔い3人組は、寝起きのボケも加わって、全員頭はまったくまわっていない。
さて最初に目星をつけていたのは、春田浜海岸。ここは丁度東向きで日が昇って
くる真正面にむいている。なるべく浜に近いところに車を停め、浜に降りてみる。
空は黒い雲で覆われて、風はびゅ〜びゅ〜吹いている。だめじゃん!
明るくなり始める頃まで待ったが、天気は一向に回復せず、雨すらぽつぽつ
落ちてきた。だめだこりゃ。早々に撤収。
ここでビデオ班のふたりは朝飯を食いたい、と言い出した。ふたりとも身体も
大きいしがっちりしている。そんな体格の男だ。もっともな意見だと思う。
しかし、僕は普段朝飯を食わないのだ。まあ、だからといっておまえらも食うな、
というのはあまりにも身勝手なことだと思い、しぶしぶ朝飯案に賛成することにした。
小坂が、「この近くにいわさきホテルありましたよね? あそこで朝飯しませんか?」
どこで調べてきたのか、そういうことだけは良く知ってるな。
いわさきホテルというのは、九州のいわさきグループが建てた大リゾートホテルだ。
素朴な屋久島にはまったく似付かわしくない、恐ろしく『リゾート』なホテルだ。
広大な敷地を誇り、元々あった山を切り崩し、人口の庭園だの散歩道だのを作ってある。
民宿やペンションが主流の屋久島の中にあって、異彩を放つ存在と言ってもいい。
もちろん宿泊代もバリバリ異彩を放つくらい高い。

去年、このホテルに行ってギョ!っとしたのは、そのロビーにそそり立つ縄文杉の
レプリカを見たときだ。なんでもハリウッドの大道具さん(セットクリエーターとか
言うのかな?)に依頼して、縄文杉の樹齢7200年にちなんで、7200万円をかけて
作られたらしい。あぁ〜〜あ。
地元に住む自然を愛する人達は、このレプリカに対してかなり批判的である。
まあそらそうだろうな。確かにサイズや形は本物そっくりでも、見たときの印象は
美人女優とイグアナくらい差があるものな。はっきり言って醜い。
しかし・・・
本物を切って持ってくることから考えれば、レプリカで良かったと思う。
それくらいのアホなことは平気でやりそうな人はいるに違いない。
ひょっとすると、本物を持ってくることを計画したが、物理的に無理ということが
分かり、レプリカで我慢したのかもしれない。いや、きっとそうに違いない!
まあ、そんなわけでそれほど気が進んだわけではないが、可愛いスタッフが飯を
食いたいと言っているのだ。行かないわけにはイカンでしょう。
ホテルに到着した我々は正面玄関からロビーに入り、フロントへと歩を進めた。
ロビーの自動ドアが開いた瞬間から、ホテルの従業員達に緊張の糸が張りつめたのを
感じた。きっと
『オカシナヤツラガキタゾ!』という無言の警報警報が発令されたのだろう。
そんなことにはおかまいなしに、『朝食はどこでとれますか?』と丁寧に訊ね、
場所を確認するとスタスタとレストランに向った。
入り口にはマネージャーらしき男性がにこやかに団体客を招き入れていた。
我々の存在を見つけると同時に、笑顔が凍った。明らかに凍っている。
「あ、あの〜〜、宿泊のお客様ですか?」
「いいえ。朝ご飯食べに来たんですけど、いいですか?」
「あ、あ、、、ど、ど、どうぞ。」
どうやらあまり歓迎されていないようだ。本来なら、ねえもう帰ろうよ、と
言いたいところなのだが、今さら引き返すわけにもいかない。いくら普段朝飯を
食わないとはいえ、うまそうなものを目の前に置かれたら迷わず食ってしまう方である。
朝食はバイキング形式で、和洋共に品ぞろえも豊富で美味しかった。
ビールを頼みたい気持ちを押さえつつ、食事を堪能し、クソ高い勘定を払い、
帰りにニセ縄文杉の前で記念写真を撮った。

そのさん

屋久島の飯は抜群にうまい。まず魚が信じられないくらい美味い!
屋久島は僕が行った場所の中で、おそらく一番水のきれいなところだと思う。
その美しい水が、大量に流れ込む近海で捕れた魚だ。美味くないわけがない。
なんせサバが刺し身で食べれるのだ。いわゆる「首折れサバ」というやつだ。
捕ったその場で首を折り、活け締めにし鮮度を保つ。その日に上がった魚が
すぐに口に入るのだ。トビウオの干物も大好きだ。僕は特別魚好き、というわけでは
ないが、屋久島の魚料理はたまらないほど好きだ。
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それに島で作っている焼酎、『三岳』だ。信じられないほどに澄みきった水と
その水で育った芋で作られる焼酎だ。元々島の人が飲むために作られた焼酎だったのが、
昨今の焼酎ブームのあおりを受けて、島の外の人が大量に仕入れていくものだから、
島の中では完全に三岳が品薄になってしまっていた。それでもどこの飯屋でも
お客さん用にはちゃんと確保している。この三岳とサバの刺し身、それに焼き魚でも
あれば、本当に幸せな夕食となる。
モリモッちゃんは大の魚好きだ。小坂も海のものに目がない方だ。
そして三人とも、酒が大好きだ。仕事の後のビールはうまい!まずビールで
のどを潤しながら、突き出しの小鉢をつつくうちに、刺し身盛りが届けられる。
後は焼酎である。三人で軽く焼酎のハーフボトルが空いてしまう。
それで終わるわけが無く、宿に戻って飲む用に用意した三岳をさらに飲む。
小坂はこういう段取りが抜群にうまい。気がつかないうちに、酒やツマミを
用意して、はいっと出してくれる。素晴らしい!!

しかし、翌朝日の出を録る予定にしていたので、あまりムチャな飲み方はせず、
早々に床についた。明日は4時出発だ。さわやかな三岳の酔いに身を任せ、
深い眠りへと滑り込んでいく。

そのに

我々を乗せたプロペラ機は、離陸と同時に着陸体勢に入った。まあそれはちょっと
オーバーだが、飛行時間は30分少々なので、ほんとにそんな感じなのだ。
高度が下がるに連れて島の海岸線と真っ青な海がはっきりと見えてくる。
あぁ〜〜、島に戻ってきた! ドキドキしてしまう。
いよいよ屋久島空港に到着だ。タラップを降りて深呼吸すると、優しく暖かい
空気が、都会で汚れた肺の中を清めてくれるような、そんな気持ちになる。
やっぱり島はいいなぁ!
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大量のビデオ機材を受け取って、レンタカー屋さんのお迎えの車に乗り込み、
すぐ目の前の事務所に行き、車を借りる手続きをする。とりあえず、
島の地の利のある僕が運転して、宮ノ浦の町へと向う。
途中屋久島大社に立ち寄り、島の神様にご挨拶する。
これは僕がどこに行っても必ず行なう儀式のようなものだ。
島には島の神様がいる。外から来た人間は、まず島の神様に挨拶をして、
島で音や映像をとることを許してもらう。それが礼儀だと思っている。
それから、屋久島在住の写真家、山下大明さんに会いに行く。山下さんは、
僕が前回島に来た時に知り合った人で、屋久島に長年住んで自然を撮り続けている。
写真集も数多く出されているので、機会があれば是非見てもらいたい。
短期間のロケでは絶対に撮れない素晴らしい写真を撮っている方だ。
我々は山下さんの家を訪れ、ロケーションのアドバイスを受ける。彼は島を
知り尽くしているので、こういう絵を撮りたいのだがと伝えると、それが撮れる
場所を次から次へと地図にマークしてくれた。

限られた日数が惜しい我々は、早速夕景を撮影するために、永田のいなか浜へと
移動した。このいなか浜は僕が大好きな浜のひとつで、撮影候補のまっさきに
考えていた場所だ。丁度日没の1時間以上前に到着出来たので、日が沈む角度を
確かめながら、撮影スポットを探しまわる。
夕日は今回のメインとなる大切な絵だ。僕は太陽が海に沈んで行く景色を延々と
撮り、それをバイノーラルで録る波の音に合わせたかったのだ。
いよいよ日が落ちてきた。あれれれ? いかん! 雲が厚過ぎる!
それに水平線が靄でかすんでいる。あららら、、、太陽が水平線に消えていく
はるか前に、雲の中に落ちていってしまった。
あぁ〜〜あ、、、だめじゃん!!
後で見てみると、それはそれで十分綺麗なのだが、自分がイメージしていた絵とは
少し違っていた。まあいいか、初日だし。明日またトライしよう。
さっさと機材を撤収した我々は、一路飯屋へと車を飛ばした。
*山下大明さんの写真集の情報はこちらから 。

そのいち

屋久島にまた行ってきた。昨年に続き2度目だ。前回は音の収録のためだったが、
今回は映像作品を作る、ということでビデオもまわしてきた。それもただのビデオ
ではない。ハイビジョン映像である。なにがすごいって、もうそれは今までの
ビデオの倍以上はきれいなのだ。と言っても判りにくいだろうが、見ればすぐ判る。
それくらい格段にきれいな映像が撮れる。今回はそのハイビジョン映像とデジタル
バイノーラル録音による自然音という、今まで誰もやったことのない試みなのだ。
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そんなわけで、いつもは単独行を基本とする僕だが、今回はビデオクルー2名を
引き連れてのロケとなった。ビデオ係りはモリモッちゃんと小坂君のふたり。
モリモッちゃんとはもう20年来の友人で、彼が最初にロスに移住したころからの
友人で、仕事も遊びも共にしてきた仲である。小坂チャンはモリモッちゃんが
東京で新しく始めた会社の社員で、熱血モリモッちゃんの右腕的な存在だ。
そんな気心の知れた彼らとの仕事ということと、自然を素材とした僕の作品としては
初めての映像付き、ということで、始まる前からかなりワクワクしていた。
ロスから大阪を経由して鹿児島入りした僕は、鹿児島空港の屋久島行きの出発ゲートで
東京から来る彼らと待ち合わせることにしていた。
先に付いているはずの彼らがゲート付近にいない。携帯で呼び出すと飯を食っている
とのこと。ゲートで待っていると、彼らがやってきた。
よ〜よ〜と再会の挨拶をかわしつつ、まず最初に彼らの手荷物を見てぶったまげた。
カメラのでかさ。そして周辺機材の分量。
僕はハイビジョンカメラがあんなにでかいとは知らなかった。ふた昔くらい前のプロ用
ビデオカメラを想像していただければ良いと思う。そして三脚のサイズときたら、まるで
シュワルツネガーがターミネーター3でブン回していた、バルカン砲くらいのサイズ
なのだ。
ジョー:「ねえ、それ、ホントでかいね。それ担いで山登るんだけど、大丈夫?」
モリモッちゃん:「ああ、平気平気。オレ毎週ジムで鍛えてるし、小坂ちゃんも
担いで歩くの慣れてるからさ。なあ、小坂ちゃん。」
う〜〜〜ん・・・そうかなぁ〜〜??
コイツラ、ヤマヲナメトルナ!・・・・
心の片隅からふつふつと沸き上がり始めた不安をよそに、我々は屋久島行きのプロペラ機に乗り込んだ。
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*この『屋久島ロケ日記』は2005年4月1日から4月12日の間に
行なったロケの記録を元に書き起こしていますので、リアルタイムでは
ありません。